[白昼に]

十数年前。二十代のオレは新橋のリ○ルートのビルでビル管理の派遣のバイトをやっていた。
都心のビジネス街のど真ん中のビル。一階駐車場隣接の狭い管理室に日中詰めて
るワケだけど、監督もいないし気楽なもので、デスクに座って本なんか読んでる
ことが多かった。昼になれば正午キッカリにランチを買いに出歩く。
その日も時計が12時を示すと同時に外に出て、ビルの前の、対向車がやっと
すれ違える程の幅の道路をコンビニに向かって歩いていた。
昼の休憩時でボチボチ行き交い始めたリーマンやOL。バブル崩壊直前のビジネス戦士達。真っすぐ前を見て歩いていたオレは、視線前方にふと違和感を感じた。場所柄、この辺りで見かけるのはほとんどリーマンとOL、その他のビジネス人種。ごくたまにホームレスのおじさん。
その50メートル程前方をこちらに歩いて来る人物を、最初はホームレスの人だと思った。
その距離からもわかる「ピョコンガクン、ピョコンガクン」した歩き方からそう判断したのだ。
距離が縮むにつれて、その人物がホームレスでは無く、ビジネススーツのリーマンなのだと分ってきた。
そして鞄も持っていること、ビジネスシューズを履いていること、三十代の男性であることも。
その辺りから、もう一つの違和感を感じ始めた。白昼のこのビジネス街を明らかに異様な歩き方で歩いているその男に、
行き交う他の人間達が注意を払っていない。まるでその男が見えていないかのようなのだ。
しかしその男は亡霊のような希薄な影ではない。周りの人間と同じ確かな存在感で歩いている。
オレとその男の距離が縮小するのと反比例して、違和感は増大していく。いよいよ至近距離ですれ違う。

「。。。。落ち武者。?」最初にそう連想しながらその男に視線を釘付けにされた
オレは一瞬だが歩みも止まったと思う。やや後退した額、ザンバラと肩まで伸びた
後頭部の髪は左側だけで、右側は剃り上げたように頭皮が露出している。
「ゾンビ。」そうも思った。血のシミのような点が二つ三つ顔に付着している。
瞬きもせず放心したように眼を見開き、己の前方の何ものかを凝視したまま
ピョコンガクン、ピョコンガクンとびっこをひきながら、この若いリーマンは脇目もふらず白昼のビジネス街を歩き続けるのだろうか。
その鞄の中身は、己の頭の中だけに存在する架空のプロジェクトの書類なのだろうか。生真面目と優しさが仇となり、
社内イジメと上司の嗜虐の餌食の末、もう己のパンチカードもない会社に毎日律儀に出社しているのだろうか。
薄汚れてボロボロのスーツの後ろ姿を見送りながら、オレは思った。誰も「通報」しないのだろうか。
それともオレだけにその姿を見せた化け物なんだろうか。。。。
。。。年月は流れた。バブル崩壊とオレの恋愛の破綻はシンクロしていた。
ユミは中年の金持ちと結婚し、二多摩マダムになったという。信じたくはない噂だった。
理由があって今は会えないが、いつの日かの再会の歓喜を高めるための、二人の間に暗黙の了解がある別離だと思い込みたかった。
しかし二人の共通の知り合いだったMの話では「二人子供いるって。本当らしいよ。」ということだった。
決定的だった。

ソウルメイトとの永遠の別離。これから始まる魂の長い冬。もう死んだも同然だから、
自殺してもしょうがないな。。それに。そんなことでへこたれるオレではない。
白痴的楽観主義こそオレさまクオリティー。まあ、生きてやるよ。。
でもまあ、独身を通すことにはなるだろうな。。

アルバイトから疲れて帰宅し、洗面台で手を洗いながら、フと鏡を見る。
心労のせいか、額もだいぶ上がってきたなあ。。散髪にももう一年以上行ってないから髪は肩まで伸びてる。。。
この顔、どこかで見たような気がする。
。。そういえば、若いころビル管理のバイトしてた時に見たあの落ち武者のような
サラリーマンの化け物。今オレはあれと同じくらいの年齢になったんだなあ。。


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