[エレベーター]

僕が高校生の頃、まだバブルの恩恵で、田舎にもかかわらず
ディスコが多数存在していた。毎週土曜日はそこで夜中まで遊び、
繁華街に近いマンションに住んでいた友人宅に泊まるというのが、
お決まりのコースになっていた。
そのマンションはKビルといって、1階から5階まではテナントエリアで、
6階から16階までが住居エリアになっている。
また住居エリアはテナントエリアの半分程の敷地面積になっており、
5階の半分(屋上部分)は公園になっている。

このビルは、地元でもかなり有名な飛び降り自殺の名所で、
自殺したほとんどの人間が、16階から5階のこの公園に飛び降りている。
そして、このビルのエレベーターに乗ると、
誰もボタンを押していないのに、勝手に5階で止まることがあるというのも有名だった。

実際そのビルに住んでいる、友人Tも「しょっちゅう止まる」
と言っていたが、彼は僕等と一緒に乗るときに、
よく悪戯でこそっと5階のボタンを押してエレベーターを5階で止め、
女の子をビビらせたりしてたので、僕は信じていなかった。

そして、その日も夜中の2時過ぎまで遊んで、
男5〜6人で彼の家に泊まろうと、そのビルに向かった。
ビルに着くと、酒で気が大きくなっていた友人Iが「5階の公園に行ってみよう」
と言い出した。そしてドキドキしながら公園に侵入したのだが、
特に何が起きるでもなく、他愛もない話をしながら時間が過ぎた。

しかし、そろそろ眠くなってきたなぁという頃、
突然、「パァーーン!!」という物凄い衝撃音が聞こえて、血の気が引いた。
でも何かおかしい。
案の定、オロオロしている僕等の頭上で「ゲラゲラ」と笑い声がする。
見上げると、Iが10階付近の通路から身を乗り出して笑っていた。
衝撃音は、こそっと仲間の輪から抜け出した彼が、非常階段から10階に昇り、
わざと落とした靴の音だったのだ。

僕は、10階から靴を落としただけでこんなにデカイ音がするということは、
もし人間だったら。。16階からだったらと想像して恐ろしくなったのを覚えている。
Iもまた公園に下りてきて、再び取り留めの無い話を始めた。
ちょうどその頃、ずっと5階に止まっていたエレベーターが降り出して、
1階で止まり、また昇ってきた。

当時ディスコで夜遊びする仲間は他にも多数いて、
そいつらが後から集まってくることはよくあったので、
その中の誰かが来たことを確信して、「○○達が来た」と誰かが言った。
友人Tの家は16階だったので、16階でエレベーターが開いたら
呼んでやろうと、皆構えてたと思う。

しかし、エレベーターは5階で止まった。
今でも忘れない。静寂の中に「チーン」
と停止音がして。

直後、その場は騒然となった。そう、誰も乗っていなかったのだ。

僕等は奇声を上げながら、非常階段に無我夢中で走った。
僕は「ごめんなさい」「ごめんなさい」とつぶやきながら、非常階段を駆け上り、
何回かコケながら、やっとのことで16階にたどり着いた。
当時は、夜中に騒いでいた僕等を戒めるために、住人の誰かが5階のボタンを
押したんだろうということで恐怖心を解決していた。
しかし、今思えばずっとエレベーターは5階で止まってた訳だから、
それを実行するには非常階段で1階まで降りて、そこからエレベーターを
1階に呼び出し、更にエレベーターに乗って5階のボタンを押した後
自分は降りないといけない。

最初に書いた通り、1階から5階まではテナントのみで人は住んでいない。

自殺の名所が名所になる所以は、自殺した人間が「死んだ」という意識が無く、
「自殺に失敗した」と思いこんで、何度も繰り返す。誰かに乗り移って。
という話を聴いたことがあります。

最後に。
10年程前から、その5階の公園への入り口は、鎖で厳重に封鎖されています。
理由は「痴漢対策」ということだったと友人Tは言ってました。

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