[中毒死]

あるアパートで変死事件があり、
救急隊員として駆付けた時のこと。

部屋では女性が台所に倒れて死んでおり、
男性はベッドで布団に入ったまま死んでいました。

女性がガスの警報を切って元栓を全開にした事による中毒死でした。

何が怖いのかっていうと・・・

そのアパートは男性の住居だったのですが、
つき合って三日目の女に寝ている間にガス栓開かれ
自殺の道連れにされたって事です・・・

その女はメンヘラで自殺癖があったらしく、
男性の両親は途方にくれてました

だが、普通、メンヘラ、特に自殺癖のあるような女は
そんな誰にも知られずに確実に死んでしまうような
自殺の仕方はしない。

そのことを不審に思った私は両親から意外なことを聞いた。

男の死因は確かにガス中毒によるものであった。
だが、女の方の死因は意外なことに心臓麻痺だったそうだ。

そして何よりも不思議なことは、検死の結果、元栓が開かれたと
思われる時刻には二人ともとうに死んでいたと推定されたことである。

さらに奇妙なことにガスの元栓には誰の指紋も残っていなかった。
つまり、元栓を開いた後、誰かが指紋を拭き取ったということだ。

一体、何があったというのか?
だが、ここで私はある一つの手がかりに気がついた。
発見当時、二人は全裸だったのだ。

これから自殺しようというような人間がわざわざ全裸になるだろうか?
特に男の場合、発見されたときの自分の姿を気にする人間であれば、
まず全裸で自殺することはない。逆にそういうことを気にしないので
あればわざわざ全裸になる必要もない。

唯一の納得のいく説明は、愛する二人が合意の上で抱き合いながら
心中した、ということであろう。

とすると、こういうことになる。

心中を図った男女が裸でガスの元栓を開き、眠りにつく。
しかし、苦しくなった女は目を覚まし、気が変わって元栓を閉めに
行こうとする。だが、すでにガスを吸い込んでいる状態で急に激しい動作を
したため、心臓に負担がかかって女は元栓を止める前に心臓麻痺で倒れる。
男はそのまま中毒死する。

そのように見せたかった第三者がいる、ということだ。

実際の話はこうだったのではないだろうか。

男を殺したい何者かがいた。そいつは頭のおかしい女を利用して
ガス心中に見せかけようとした。
そいつはまず男を何らかの方法でガス中毒死させた。
もしかしたら別の場所で殺して部屋に運び込んだのかもしれない。

次にそいつは女も同様に殺そうとした。
ところがここで誤算が生まれる。
男が殺されたことを知ったショックによるのか、
そいつを見たショックによるのか、女は心臓麻痺で死んでしまう。

そのまま二人をベッドに並べてガス心中を偽装したのでは、
死因を調べれば不自然だということがすぐに分かってしまう。
そこで、男はベッドに、女は台所に置くことにした、というわけだ。

だが、どうしても分からないことが一つあった。

心臓麻痺で死んだ女で死んだ女をガス中毒死に見せかけることには
無理があると承知していたほど慎重なやつが、なぜ、死亡時刻の
齟齬については全く注意を向けなかったのか。

男と女が、偽装されたガス心中以前に死んでいたことなど
真っ先に分かるようなことである。
にもかかわらず、その一番、初歩的な点を、そいつは
全くと言っていいほど気にしていないように見える。
いや、気にしていないどころか、まるでそんなことは理解すら
できない、とでも言うように・・・。

そのとき、横で話を聞いていた女がぽつりと、
意外なことを呟いた。

「死んだ人間からは時間の概念がなくなるからね・・・」


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