[霊山の猿]
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私を落とすつもりか、背中に乗ったソレは身体を揺すり始める。
続けて頭に巻いている絞りをグイグイ引っ張り始める。
こんな態勢では振り向くことも出来ないが
確かに腰に絡みつく毛深い足が見えた。

「猿!?」

この高さで落ちて、只では済まないだろう
鎖の隙間に 手、足、としっかりはめ込んで
なんとか振り落とされないようにする。

下で怒号がする。甲高い声で
今度は
 『 落とせ〜 落とせ〜! 』と

そして背中のヤツは私を何度も揺する。
ハチマキが脱げると今度は髪の毛を引っ張り始め
何本もブチブチと抜かれる。
あまりの恐怖に私は目を瞑ったまま泣き喚いた。


何分経ったろうか、私がじっと我慢していると
下の方で、『 チッ 』と舌打ちが聞こえ
フッと背中の重みがとれた。

その後、ビクビクしながら鎖を登り終えると、
一番近い宮社まで駆け込んだ。

爪でガリガリになった修山服を見せながら
一部始終を説明する。

宮司は難しい顔をして、
「腐っても霊場だ、今から私が言う話は聞かなかった事にしてくれ」
そう前置きし、語り始めた。

これだけ険しい道な為、確かに落下事故も起こりはするが、
死傷者などは滅多に出ない。
稀に起こる事故の大半は独りで登った者が遭うのだそうだ。
落ちた人間は揃って、『猿に襲われた』という

何でも、
この山の猿の中には人間そっくりの声で叫ぶ猿が居て
早朝や夜、独りで登ろうとすると
だれもいないハズなのに自分を呼ぶ声がするという
それが本当に猿なのかどうかは分からないが。

 前々年も一人、早朝に登った参拝者が 崖から落ちた。
 発見された時にはまだ息が有ったらしい
 が、病院に着く前に亡くなったのだという。
 
「もう少し見つけるのが早かったら」と宮司は呟いた
私が「まるで見たかのように話しますね」と聞くと

「...見つけたのはワシだからな。


 猿ども、割れた頭から脳みそ掻き出して食っていやがった」

宮司は吐き捨てるようにそう言った。

続く