[本の蟲]
前頁

「始めは白紙のその本なんだけど、ずっと置いておくと
 『本の蟲』がたくさん集まって来て 遂には白紙じゃなくなるんだ。
  文字の書かれた本になる。」

また与太話を..と思っていると
「ああ、『在った』」
先生は振り向いて
「在ったよ、本の蟲の――」
そう言うと、一冊の本を持って来た。

ハードカバーでタイトルは書かれてない。
かなり古いのか紙面は茶黄色く変色している。先生は相方に手渡し
人差し指を立て「どう?面白そうだよ?」と言った。
受け取った彼女は訝しがりながらも嬉々として読み始める。

黙って静かに読みふけっている。おかげで私の作業ははかどったし
先生も静かに読書が出来た。
夕方になり作業も殆ど終わったので、そろそろ帰るよ?と聞くが返事が無い。
どれだけ集中してるんだろう、覗き込んで見ると私は「ギョッ」とする。

彼女は延々と白紙のページを繰っていた。
ただ、まるでそこに文字が書いてるかのように目線は白紙を追っている。
「せ、先生!?」慌てて聞く。
「ああ、そろそろ良いか。」と言うと泉先生は彼女の前までやって来て
目の前で『パンッ!』と猫だましをした。
彼女は我にかえる。先生は本をひょいと取り上げると、

「もう閉館だよ、帰りなさい。」と言った。

相方が「まだ読み終わってないので また来ます」と言うと

「ああ、また来るのは構わないが君、図書館では静かにしなさい。
 張り紙にも書いてあるだろう..
     どうしてかわかるかい?」

当たり前のことを聞く。
私「周りの人がビックリするからですか?」

「いや、それもあるけど
    『本の蟲』がビックリして目を覚ますからだ」


後日、相方が続きを読むために図書館に行ったが、
件の本は見つからなかったそうだ。
泉先生に聞くと
「やだな、只の暗示だよ、暗示。 『おもしろい本だよ〜』ってサ」
とあっけらかんに答えた。が
どうも腑に落ちなかった、彼女が読んでいた白紙の本は何だったのか
当の本人が内容については話したがらなかったが

「ウチが暗示なんか掛かるか!  ...アレは―――」
と仕切りに悔しそうにしてたのが印象的でした。


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