[葬祭]
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ああ、あれね。
あっさり師匠はいった。
「木箱で埋められてたはずだからまずないだろう、と思ってたものが
 出てきたのには、さすがにキタよ」
胡坐をかいて眉間に皺をよせている。
俺は心の準備が出来てなかったが、かまわず師匠は続けた。
「屍蝋化した嬰児がくずれかけたもの、それが中身。かつて埋めら
 れていたところを見たけど、泥地でもないしさらに木箱に入って
 いたものが屍蝋化してるとは思わなかった。もっとも屍蝋化して
 いたのは26体のうち3体だったけど」
嬰児?
俺は混乱した。
グロテスクな答えだった。そのものではなく、話の筋がだ。
死人の体から抜き出したもののはずだったから。
「もちもん産死した妊婦限定の葬祭じゃない。あの土地の葬儀の
 すべてがそうなっていたはずなんだ。これについては僕もはっき
 りした答えが出せない。ただ間引きと姥捨てが同時に行われて
 いたのではないか、という推測は出来る」
間引きも姥捨ても今の日本にはない。想像もつかないほど貧しい時代
の遺物だ。
「死体から抜き出した、というのはウソでこっそり間引きたい赤ん坊
 を家族が差し出していたと・・・?」
じゃあやはり、当時の土地の庶民も知っていたはずだ。
しかし言えないだろう。木箱の中身を知らない、という形式をとる
こと自体がこの葬祭を行う意味そのものだからだ。

ところが、違う違うとばかりに師匠は首を振った。
「順序が違う。あの箱の中にはすべて生まれたばかりの赤ん坊が入っ
 ていた。年寄りが死んだときに、都合よく望まれない赤子が生まれ
 て来るってのは変だと思わないか。逆なんだよ。望まれない赤子が
 生まれて来たから年寄りが死んだんだよ」
婉曲な表現をしていたが、ようするに積極的な姥捨てなのだった。
嫌な感じだ。やはりグロテスクだった。
「この二つの葬儀を同時に行なわなければならない理由はよくわか
 らない。ただ来し方の口を減らすからには行く末の口も減らさなく
 てはならない、そんな道理があそこにはあったような気がする」
どうして死体となった年寄りの体から、それが出てきたような形を
とるのか、それはわからない。
ただただ深い土着の習俗の闇を覗いている気がした。
「そうそう、その葬祭をつかさどっていたキの一族だけどね、まるで
 完全に血筋が絶えてしまったような言い方をしちゃったけど、そう
 じゃないんだ。最後の当主が死んだあと、その娘の一人が集落の
 一戸に嫁いでいる」
そういう師匠は、今までに何度もみせた、『人間の闇』に触れた時の
ような得体の知れない喜びを顔に浮かべた。
「それがあの僕らが逗留したあの家だよ。つまり・・・」

ぼくのなかにも

そう言うように師匠は自分の胸を指差した。


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