[変わってしまった兄]
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アパートの管理人から連絡を受け、父が兄を迎えに行った。
兄は半ばノイローゼ状態で、押入れの中からなかなか出てこなかったそうだ。
家に帰ってからもすぐに天井裏に逃げ込み、降りてこようとしなかった。
精神科の医者に診てもらうことも考えたが、兄は頑として了承しない。
家族一同困り果てていた時、親戚がボランティアみたいな療法士を紹介してくれた。
山奥の田舎で開業しているんだが、医者ではない。
患者の話を聞き、マッサージや鍼灸…? その辺のことはよく知らないんだが
まあ、そのようなことをして、その人に合った漢方薬を処方してくれるんだそうな。
金は、ほんの謝礼程度しか受け取らないので、地元では結構評判だったらしい。
そこに行ってから、兄の様子が少し落ち着いた。

その頃になって母が、兄が大病したときに祈祷してもらった先生から聞かされた話を
俺にくわしく教えてくれた。

父方の先祖は昔、かなり大きな武家だったそうだ。
だが何代前かは知らないが、大失態をやらかして
このままだと御家断絶になりかねないという事態に陥ったらしい。
その時先祖は何をしたかというと、家来の一人に因果を含め
そいつに罪を全部ひっ被せて切腹させたんだ。
自分の身代わりに切腹させる代わりに、その家来の幼い息子を取り立て
成長したらちゃんと家を継がせて、存続させてやるという条件で。

だが先祖は約束を守らなかった。
それどころか家来の幼い息子も妻も、一族みんな殺してしまい
その財産を全部自分のものにしてしまったんだと。
ひどい話だよな。

兄にとり憑いたのは、その家来の霊だったんだ。
そいつが

「許さない絶対に許さない。憎い憎い。
こいつにも俺と同じ苦しみを味あわせてやる
腹を切らせてやる。そして殺してやる」

と言っていたんだ。
祈祷してくれた人が
「もう二回も腹を切らせたのだから、これで勘弁してやりなさい」
みたいな事を言って、とにかく説得してくれたのだとか。

なんで今ごろになってそんな話が出たのかというと
兄が診てもらった民間療法の先生(うまい言い方がみつからない)が
診察中に言った言葉が原因だ。

その先生は、兄の腹の手術痕に手を当てながら

「この奥に固く凝り固まった小さな塊のようなものがあって
“憎い憎い…許さない許さない…”と言いつづけている。
そのせいで、人の優しさや暖かさを心に伝え
また自分からも優しさを伝達するためのパイプが細く細く狭まって
ほとんど感じられないようになってしまっている。
過去に誰かにひどい仕打ちをされたのだろうが
いい加減それらを許してはどうか」

と兄に言ったんだ。
兄は驚いて「それは先祖の祟りと関係があるんですか?」と尋ねた。
その先生は
「私は拝み屋ではないので、祟りや幽霊といったことはわからない。
だが人を許せるようにならないと、自分の心もいつまでたっても
辛いままだ」
と。
それに対する兄の答えは

「自分にされた仕打ちは絶対に許すことができない。
そいつが生きている限り、一生憎み続けてやる」

駄目じゃんorz

この話に特にオチはない。
兄の攻撃的な性格は相変わらずだ。
俺は兄とは距離をとっているので、特に会話することもない。
兄も含め、うちの姓を継ぐはずの数少ない男は、いずれも結婚しそうにない。
ゆるやかに家が消えていくようなかんじだよ。
まあ、それも自然の流れだとは思っているが
先祖代々の墓の管理なんかはどうなるんだろうな。


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