[仕方がなかった]

大学時代の友人の話です。

大学に合格してアパートで一人暮らしすることになりました。
引越しを終えて深夜、部屋でテレビを見ながら一服していると、
壁越しからボソボソと声が聞こえたそうです。
テレビの音量を絞って耳を澄ましてみると…

「仕方なかったのよ…仕方なかったのよ…」

泣きしゃがれた女性の声で繰り返し聞こえてきます。
隣の部屋の女、電話で男と別れ話かなんかしてるんだな。
友人はさほど気に留めずにその日はそのまま眠りました。

次の日です。

深夜、雑誌を読みながら煙草を吸っていると、
隣の部屋からまた女のボソボソつぶやく声が聞こえてきます。

「仕方がなかったのよ…仕方がなかったのよ…」

初日は引越しで疲れていた事もあり、気にせずに居られたのですが、
二日続くと鬱陶しく感じ、文句でも言いに行ってやろうと思ったそうです。
しかし、引越しの挨拶もまだ行っていないのに、
いきなり怒鳴り込むのも大人気ないと考えた友人は、
翌日、大家に苦情を言いに行きました。
大家から返ってきた言葉は意外なものでした。

「隣の部屋は誰も住んでませんよ」

え?友人はそんな筈は無いと何度も聞いたのですが、
返ってくる答えは誰も住んでいないの一点張り。
あまりしつこく聞いて頭のおかしい奴だと思われるのも嫌なので、
友人は引き下がりました。

その日の深夜。
何故か女のボソボソ声は消え、
友人は俺の聞き間違えか何かだったのかな?
と近くのコンビニに夜食の買出しに出掛けようと廊下に出ました。
そのときフト、隣の部屋を見ると
昨日まで無かった盛り塩がドアの前に供えられているのです。

怖くなった友人はそのまま別の友人のアパートへ逃げ、
結局、その部屋へはほとんど戻ることが無くなり、
三ヶ月ほどで部屋を引き払って、
別の友人宅で居候生活をすることになりました。

結局、あの声の主は分からず仕舞いです。
一体、何が「仕方なかった」のでしょうか…?

次の話

Part13menu
top