[真夜中の子供]
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その子供は裸だった。

何も身に着けてはいない。そして全身が濡れているらしく、ぬらぬらと光っているのが
Kには見て取れた。あれは――なんで水に濡れているのだろうか――
気のせいか、赤い色がちらちらする。煮凝りの汁のようにねっとりとした――

ぺたっ ぺたっ びちゃっ ぺたっ

Kは急に酔いが覚めていくのを感じていた。こんな場合、どうしたらよいのか。
とっさには思い浮かばなかった。道を引き返してあの子供をやりすごすべきか。
それとも子供を捕まえて事情を確かめるべきか。しかし捕まえるといってもあれは
子供――なのだろうか。本当に人間――なのだろうか。
ぺたっ びちゃっ ぺたっ びちゃっ ぺたっ ぐちゃっ

――そんな事を頭で考えていたのはあっという間であった。すぐに子供は
Kの側までやってきた。子供は、にこにこと笑っていた。何かがべっとりと
ついているらしいその顔で。ただし、それはKを見つめて笑っていたのではなく、
虚空を、ただじっと見つめながら笑っているらしかった。そして、その子供は
両手に何かを握っていた。

(―――髪の毛!?)

よく分からなかったが、Kの目には、それが恐ろしい度のたくさんの髪の毛に見えた。
水垢みたいなものがこびりついている髪の毛。それが、小さい握りこぶしの間から
房になって垂れて、バサバサと揺れていた。バサバサと・・・。
裸の子供はKとすれ違うと、国道の方へと駆けていった。

びちゃっ びちゃっ ぺちゃっ ぐちゃっ・・・・・

今や、ぺたっ、ぺたっ、ではなく、べちゃっ、ぐちゃっ、と、何かの汚らしい汁を
撒き散らしているような粘液質の足音は、しだいに遠ざかっていった。
後には、道の真ん中に、完全に酔いの覚めてしまったKが、ぽつんと残されていた。

Kは、まばたきをしながら路上を見た。赤黒い汁が転々とそこらに落ちているのでは
ないかと思ったからだ。けれども、路上は乾いていて、どこにも、何も落ちていなかった。

「なんだったのかって?あの子供が?・・・なんなんだろうなあ・・・今でもあの、
びちゃっ、ぐちゃっ、っていう気持ち悪い音が耳に残っていてたまんないよ・・・。
あんなのに夜中にまたばったり会うくらいなら、簀巻きにされて川の中に
放りこまれたりするほうが、まだマシだよw」
 
後日、その出来事を語ってくれたKは、最後にそう言った。


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