[夢遊病]

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そして妹が最後だと決めていた日。
姉はいつもの様に起き上がり、いつもの様に裸足で外に出て、立ち止まり、どこかを目指して歩き出した。
妹はほとんど惰性で後を付いていったのだが、進んでいくにつれて疑問が持ち上がった。
今までは家の周囲、少なくとも歩いて行ける場所にしか向かわなかったが、
今歩いてるこの道は、歩きだと3時間ほどかかる街への道だ。
横には線路が通っており、家の近くと街とを結んでいる。このまま街まで向かうのだろうか?
妹は帰りの時間も考え、ある程度まで行ったらとにかく引っ張って帰ろうと考えた。

姉はそのまま進んでいき、不意に立ち止まった。
妹は驚き、周りを見回したが特に何があるわけでもない。
強いて言えば線路の向こうにトンネルが口を開けているくらいだが、
ただの道の途中で特定の場所という訳じゃない。
今日はこれで終わりかと、姉の手を取ろうとした瞬間、姉は弾かれた様に走り出した。
一直線に、トンネルへ向かって。道と線路を隔てる藪を突っ切り、線路の敷石を踏みしめ、一直線に。
妹は外のよりもいっそう深い闇の中を、姉の足音だけを頼りに進んでいった。

間もなく、「キイィィィィィ!」という叫び声が前方から聞こえた。姉の声だ。
何かあったのかと急いで進むと、出口の半円状の「夜」と、トンネル内の闇との差で、
姉の姿がかろうじてシルエットとして浮かび上がった。姉は天を仰ぎ、歓喜の声を上げていたように見えたそうだ。
そして姉は壁に近づき、そこを引っ掻き始めた。何かを掘り出そうとしているようにも見える。
姉は時折唸り声を上げ、コンクリートの壁を一心不乱に掻き続ける。
怖くなった妹は、いつもの様に手を引いて帰ろうとするが、姉は取り合わない。それでもなお手を取ろうとすると
「キイ」とも「ガア」とも聞こえる声で威嚇してきた。
妹は急いで家へ戻り、家族を叩き起こして事情を説明した。父と兄は納屋から縄を持って飛び出していった。
妹は案内する為に自分も行くと言ったが、場所さえ分かれば良いと押し留められた。
自分の好奇心の為に姉がおかしくなってしまったと後悔し、姉が無事で帰ってくる事だけを祈った。
仏壇の前で手を合わせる妹に、母は一晩中寄り添っていてくれたそうだ。

夜が明け、日も高くなってきた頃、兄だけが帰ってきた。
母と何事か話していたようだったが、それが終わると出された食事にも手をつけず、ボーッと目の前を見つめていた。
どうなったか聞いてみるが「もう終わったから」としか言わず、しばらくして自分の部屋へと戻った。
母に聞いても何も答えてくれなかった。
数日して姉とともに帰ってきた父も同じで、姉は何かがあったこと自体覚えていなかった。
姉の指先には包帯が巻かれており、爪が剥がれ肉が削げて骨まで見えていたそうだ。
その後、姉の夢遊病は無くなり、日常が戻った。
誰からも説明は聞けず、たまにトンネルへ行って確認しようかと思うこともあったそうだが、
あの夜の体験が恐ろしく、結局一度も行くことはなかった。

祖母は言う。
何があったんだろう。あれはなんだったんだろうと。
怖いけど知りたい。でも、あれを思い出すと、頭の中で姉の叫び声が響くんだと


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