[首をもがれたバッタ]

子どものころ、バッタの首をもいだことがある。
もがれた首はキョロキョロと触覚を動かしてい
たが、胴体のほうもピョンピョンと跳び回り続
けた。
怖くなった俺は首を放り出して逃げだしてしま
った。
その記憶がある種のトラウマになっていたが、
大学時代にそのことを思い出すような出来事が
あった。

怖がりのくせに怖いもの見たさが高じて、よく
心霊スポットに行った。
俺にオカルトを手ほどきした先輩がいて、俺は
師匠と呼び、尊敬したり貶したりしていた。
大学1回生の秋ごろ、その師匠と相当やばいと
いう噂の廃屋に忍び込んだ時のこと。
もとは病院だったというそこには、夜中に誰もい
ないはずの廊下で足音が聞こえる、という逸話
があった。

その話を仕込んできた俺は、師匠が満足するに
違いないと、楽しみだった。
しかし
「誰もいないはずはないよ。聞いてる人がいる
 んだから」
そんな森の中で木を切り倒す話のような揚足取り
をされて、少しムッとした。
しかるにカツーン、カツーンという音がほんとに
響き始めた時には、怖いというより「やった」
という感じだった。
師匠の霊感の強さはハンパではないので、「出る」
という噂の場所ならまず確実に出る。

それどころか火のない所にまで煙が立つほどだ。
「しっ」
息を潜めて師匠と俺は、多床室と思しき病室に身
を隠した。
真っ暗な廊下の奥から足音が均一なリズムで近づ
いてくる。
「こどもだ」
と師匠が囁いた。
続く