[怯える男]

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一階に着くまでの時間はとっても長く感じたのを今でもはっきり覚えているよ。
ずっと男の「ゼー!、ゼー!」っていう苦しそうな呼吸音だけ。

で、一階に着いて扉が開いた途端、扉をこじ開けるようにして中年男はものすごい勢いで
走ってホテルから出て行っちゃった。
とにかく怖かったってのがあったし、なにより私たちに何も危害が無かった事にホッとして
その後、私なんだかボーッとしてて、彼もこの事についてその日あまり話したくないみたいな雰囲気だった。

それからしばらくしてからも、その時の事話題にしようとすると彼、変にすごく拒むんだ。
だから私も話題に出すのやめてました。
それから少し経って彼とは別れちゃったんだけど、
彼の怯え方を見てたら最後まで彼に言い出せなかった気になる事があって・・・。

あの時、エレベーターの中で私の側からしか見えてなかったと思うんだけど、
その男の人の左腕にクッキリとした赤紫色の痕(アザ?)がついていたんです。
子供くらいの小さな手で引っ掻かれながら掴まれたら、ちょうどそんな痕がつくんじゃないでしょうか。
子供に腕を掴まれたくらいであんなにはっきりとアザができるとは考えにくいけど、
逆にそれが異様だったのと、怖くて視線をそこからそらせなかったのとで、
今でもその赤紫色の小さな手の痕が忘れたくても目に焼付いています。

・・・今書いていて思ったけど、あの男と同じように怯えていた彼の事を考えると、
私たちが乗っていたエレベーターに男が駆け込んで来た時、もしかしたら彼は男の背後の
薄暗い廊下に「何か」を見ていたのかもしれません。


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