[同乗者]

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俺は「ソイツ」の顔を見たら終わっちまうかも知れないって思った。
フロントガラスが鏡にならないように身を乗り出して、ガラスと俺のおでこ
がぶつかるくらいの体勢で我慢してた。それでも「ソイツ」は迫ってくる。
そんな時にやっと前の車が動き出したんだ。

チョーきつい体勢のまま、ひたすら我慢した。周りから見たら、ものすごく
変な奴に思われてたかもしれんが、その時の俺はそんな事考える余裕なんて
まるで無し。ひたすらそのまま我慢してた。耳元に「ソイツ」がきた時、も
うダメか・・・ってホントそう思った。

「ソイツ」は耳元で間違いなく2回、ため息をついたよ・・・

渋滞を抜けて、やっとスピード出せる頃には隣のM町に入ってた。俺は無我
夢中でそのキツイ体勢のままひたすら走り続けた。

気がついたら「ソイツ」の気配は無くなってたよ。

N県の現場に着いても興奮と恐怖で一睡も出来なかった。そのまま朝日を見
て、生きてる事を実感してた。荷卸してた時も、「ソイツ」の事を言いたく
てたまらなかったけど、「誰も信じてくれる訳ないやー」って考えてた。
ただ荷卸が終わって、会社に戻るには来た道を戻らなければならない。でも
俺はその道を通る事は絶対にしたくなかった。だから遠回りをしてT市経由
で帰ったが、遠回りの為か、会社に着いたのは予定時間より3時間も過ぎて
た。新人だった為か、みんな心配して待っててくれてた。ホント嬉しかった。

常務からは「どっかで寝ちまったか?」なんて言われ、「えぇ、すみません」
とだけ返事したよ。

運転手控え室にも、この日俺の歓迎会を開くために沢山の先輩が集まってく
れてた。みんなに「遅いぞ!」なって冷やかされてるうちに、なぜ遅くなっ
たのか理由を言わなきゃいけない羽目になった。
「いやぁ冗談じゃなくー、A市で恐怖体験しちゃいました!!」って言った
瞬間、みんなの手が止まったんだ。みんな俺に大注目してるし。なんだろ?
みたいな感じだったよ。

続く