[逆さの樵面]
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90年配の高齢と思しき老人は、自分が樵面を外すと言いました。
人に外せないなら、人ならぬものが外せばいいと。

再び土谷家へ出向いた一堂は、ことの次第を姑に話しました。
老人の手を握り、承知した姑は奥座敷に案内しました。
襖を開け、再び樵面にまみえた父たちは怖気づきましたが、控えの
間から白い人影が現われたとき、えもいわれぬ安堵感に包まれたと
言います。
山姫の面に格衣、そして白い布を羽織った老人が静々と歩みよって
来たのです。
そして神歌とともに舞いながら、ゆっくりと座敷の内側に入り込んで
行きました。
息を呑む父たちの前で、不思議な光景が繰り広げられていました。
暗い座敷の中で白い人ならぬものが舞っているのです。
太夫の一人が叩く神楽太鼓の響きの中、山姫はひと時も止まること
なく足を運び、円を描きながらも奥の柱の樵面へ近づいていきました。
山姫の手が樵面へ触れるや否や、面の両目を打っていた釘がぼろぼろ
と崩れ落ちました。
100年以上も経っているため、腐っていたからでしょうが、父には
そう思えませんでした。
この襖の向こう側は人の領域ではないのだから、何が起こっても不思
議ではないと、素直にそう思えたのです。

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