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新幹線の車窓に雨が滴る。私は静かに目を閉じた。死の前日、必死で私に
すがりついたトモは、耳元で何かを囁いた。彼女の手を握り、頷く私・・。
「分かってたよ。トモ。・・・」私は、再び一ヶ月前のトモの話を思い返した。

トモは興奮していた。「その日の夜遅く私の家に来たのよ。あの婆さんが!
私、思わず「ビンゴ!!」って叫んじゃったわ。」タバコを取出し火をつけて、
「婆さんは暫く黙っていたけど、意を決し、私に語り始めたの。」トモは続けた。

トモによれば、老婆の話は次のようなものだった。老婆は、トモを心霊等の
専門家と思って訪ねてきた。
有名な霊能者を紹介して欲しいと、頼みに来た。
「わしの一族は、代々この呪いを受け継いできたんよ。」老婆は言った。「けんど、
一族の者は皆死に絶え、もう引継先がないんよ。

呪いを引き継ぐのが私んトコの
使命だんべの、途方にくれとったんよ。」老婆は、小さな巾着袋を取り出した。

「もう何日も残っとらんのよ!わしの、すぐ近くまで来とる!」取り乱す老婆を
トモは落ち着かせ、詳しく話を聞きたいと申し出た。老婆は、呪の内容について
語り始めた。
「明治時代の初めだったんよ。

この集落の浜辺に大きな黒い二枚貝が
流れついての、漁師共がすぐに貝を開いたんよ。食おうと思ったんかの・・・。」
老婆は、お茶をすすって一息ついた。トモには、海の音が異様にはっきり聞こえた
そうだ。まるで、家が海の上を漂っているかのように

老婆が話を続ける。
「二枚貝の中から一枚の紙切れが出てきたんよ。ほら、神社の
裏に祀ってあんべ?」トモは、小学生の頃遊んだ神社の裏手にある、一枚の額縁を
思い出した。
「シノビガタキコノカワキ ウツセニタスクモノナシ コノウエハ 
ジョウドニテ ミタサレントホッス」心霊マニアのトモは、暗記していたこの言葉を
呟いた。「そんだ。

んで、そいつが一緒に入ってたんだんべ?」老婆が袋を指差す。
「そりゃ、あれだ。砕かれた歯と、人間の舌の干物じゃ。」老婆の瞳が少し光った。
「どこから来たんか分からん。
けんど、これが流れ着いてから集落のもんが次々と
死んだべ?干からびての。

きっと禍々しいもんに違いねぇと、わしのひぃ婆が
色んな村に尋ねてまわったんよ。そんで、御崎郷の神主様がお払いしよったんよ。
その後は村人の死ぬ数がへったべ?けんど、完全に呪いを解くんは無理よっての。」
この昔話は、トモも聞いたことがあった。が、呪は解かれて終わる筈だった。

「んで、神主様がひぃ婆に命じんよ。一族で呪いを受け継ぐんさってな?ひぃ婆は
呪いのことを色々聞きまわって、詳しかったで、その一族なら呪いを解く方法を
見つけるかも知れんべってな。

呪いを拡散させんためには、生贄が歯の欠片と
舌の干物を飲むんじゃって。歯の破片が全部無くなりゃ、それでもええってな。」
トモが袋を開けると、砕けた歯と舌の干物が入っていた。老婆が言った。
「まだ、
50個近くもあんべ?戦前は10年周期くらいじゃった。年老いたもんが、進んで
引受けたんよ。けんど、戦後になって周期がどんどん早くなったんじゃ。仕舞にゃ、
毎年、引受人を選んどった。複数はあかんで、一個しか飲めんべ?わしは呪いを
調べとったで最後に残されたんよ。けんど、わしには引継先がないんよ。

解呪の
法もわかっとらん。呪いは、わしが死んだら、また拡散すんべ?また沢山、
人が死ぬんじゃよぉ・・・。」トモは袋を預り、霊能者に渡すと約束したそうだ。
その数日後だった。
老婆の干からびた遺体が見つかったのは。

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