[歌舞伎町・・]

新宿歌舞伎町で夜のバイトをしていたときの話。
バイトといっても深夜営業の中華料理屋で出前とか皿洗いとかだ。
深夜の歌舞伎町は異様な雰囲気で、終電がとっくに終わった3時過ぎでも街全体に
煌々と灯りがともり、得体の知れない連中がうようよしてて、
外人女が頬に刺青した若造にぶん殴られて泣き喚いてたり、
ホームレスがいきなり路地裏でパンツおろして下痢便たれたりとか、
とにかく基地外みたいなところだった。
こんなところだから深夜の出前も大忙しで、あっちこっちの得体のしれない
風俗店なんかにチャーハンとか肉ソバとかをチャリで出前していた。
一度なんか、いかにもヤクザってガラの男が二人、風俗店の玄関から
ブルーシートで頭からぐるぐる巻きにした女を抱えて車の後部座席に放り込んだのを
目撃しちまって、あわてて知らんぷりして通りすぎた。
ブルーシートから飛び出した白いナマ脚の太股が異様だった。
こんなバイト夏いっぱいで辞めて、貯めた金でしばらく遊ぼうと思ってた。

で、ある夜中、某風俗店の事務所に出前に行く途中、いつもうす暗い路地裏を
通るんだけど、そこに白いマンショみたいな4階建ての古い小さなビルがあって、
普段はだれも使っていない風だった。
その前を通ろうとして、ふと上を見あげると、4階のベランダに黒いドレス
みたいなものを着た女が立っていて、遠くの方をじっと見ていた。暗くて
顔とかはほとんど見えなかったけれど、どこか遠くの方をみているようだった。
翌日も、やはり夜中に別の風俗店に出前に行く途中、またその薄暗い路地裏の
4階建ての古いマンションの前を通った。行くときはだれもいなかったのだが、
帰りに通ったときに上を見あげると、昨日とおなじように、黒いドレスみたいな
ものを着た女が立っていて、今度は俺の方をじっと見下ろしているようだった。
暗くて顔とかほとんど見えなかったけれど、こっちの方を向いていた。

それから1週間ほどして、そのマンションのどこかの空き室からアジア系の
外人女の死体が見つかったとかで、昼間警察が来て、その界隈はちょっと
した騒ぎになった。捜査員が注射器とかビニールのパケットとかもって
マンションから出てきたそうで、女はシャブの打ち過ぎか打たれ過ぎかで
死んだんだろういうことになった。
俺は内心、「この間いやなもの見ちゃったなー」と思ったけど、
それほど気にしてた訳でもなかった。

それからしばらくたって、また以前の風俗店に肉ソバとかを出前にいった。
例のマンションの前をとおりかかったのだが、4階のベランダにはだれも
いなくて、そのまま通りすぎようとした。と、そのビルと隣のビルの間の隙間の
暗がりに、黒っぽいドレスみたいなもの着ている女がこっちを向いて立っている
ようだった。俺はしばらくチャリの脚をとめてそっちを見ていただけど、見てちゃ
いけないと思って、そのまま風俗店に出前に行った。
店の控え室に出前の品を届けると、ヒマそうな厚化粧の女と白シャツのボーイが
俺を捕まえて「あそこのマンション、出るんだってさ」と言いだした。
要するに、店の女の子が見たとか、客のうわさとかで、そこが一種の「心霊スポット」
になってしまったらしい。俺も「実はここに来る途中・・・」と言ったので、二人は
顔を見合わせてしまい。それから恐る恐る「ちょっと見に行こうよぉ」となってしまった。
客が全然入っていなくてヒマだったらしい。

で、三人で例のマンションの前まで行ったけれど、別段黒いドレスの女は見あたらず、
「なーんでぇ」となって、引き上げようとした。そしたら厚化粧女がいきなり
「ぎゃあ!」と叫んで身をひるがえし、「や、やだよぉ!」といって走り出した。
俺とボーイは訳もわからず女を追いかけたが、女はタクシーをつかまえて飛び乗ると、
そのまま夜の街に消てしまった。俺たちは唖然とし、ボーイは「まいったな・・・」
とか言いながら、二人はそれぞれ自分の店に戻っていった。

後日その店に出前に行ったときにボーイに聞いたら、例の厚化粧女は翌日電話で店を
辞める旨の連絡をしてきたそうで、ボーイが直接電話に出たらしいのだが、
マンションの4階のベランダの、足元くらいの高さの所にに顔があったと言ってた
らしい。

それから1ヶ月くらいしたら、夜中にそのマンションから原因不明の出火があり、
両隣のビルをまきこんで見事に焼失してしまった。夜中に消防車が何台も来て、
野次馬とかで騒然とし、たいへんだった。
俺はその夏でバイトを辞めた。

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