[「それ」を置いていけ]

昔テレビかなんかで見たような気がするんだが、
こんな話知りませんか?

山かどこかで、女だけでで働いている職場がある。
仕事が終わって、女たちが雑談していると誰かが山の中の祠に化け物が出ると
いう話をしだした。そのときそれらの女の中のAが、そんなことがあるものか
と笑った。それなら、Aさんは今からその祠まで行けるのかと別の女のBが言った。
Bはさらに「もし行けたら自分の今日の給金を全部やる」と言い出した。
Aは赤ん坊を抱えていた。赤ん坊を抱えて山を上るのはきついはずだが、
気丈なAは「いけるとも」と言った。Aは女手ひとつで赤ん坊を育てていかな
ければならなかった。Bの今日の給金がもらえれば、少しでも生活の足しになる。
話が盛り上がって、行った証拠に祠の賽銭箱を持って来ることになった。
賽銭箱は小さくて女でも抱えられるほどの大きさだ。Aは赤ん坊を背中に背負いな
おして、祠まで行くことにした。真っ暗な山の中の細い道を登っていくのは、
きついばかりでなく、おどろおどろしく不気味で心細かった。
やっとのことで祠についたAは、「やっと着いた、これを持って帰ればBの今日の
給金がもらえる」と、どっこいしょと賽銭箱を抱えた。すると、山の奥のほう
から「女、それを置いていけ〜」と声がした。Aはぞっとしたが、賽銭箱を置いて
帰ればBの今日の給金がもらえなくなると、ひしと賽銭箱を抱えて、
一目散に山を駆け下りた。山の中の声がAのあとから負いかけて来た。
「それを置いていけ〜」「女、それを置いていけ〜」とどんどん追いかけてくる。
声がAのすぐ真後ろまで迫ったと思ったら、急に声は消えてしまった。
やっとのことで、皆のところに帰り着いたAは、Bに賽銭箱を差し出して、
「さあ、あんたの給金は私のもんだよ」と言った。Bも皆も口々に「よくやったねえ」
「大変だったねえ」とAを誉め、ねぎらった。「さあ、赤ん坊もつきかつただろう」
と、Aの背中から赤ん坊を下ろそうとした女が、「ぎゃー」と叫んだ。Aの背中は
真っ赤な血に染まり、赤ん坊の首はなくなっていた。


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