[楽しい思い出に]

もう数年前の事件だが、大阪府H市に住んでいたある女性が自宅で縊死しているのが発見された。
遺体の発見時は、死後およそ十日が経過していた。
離婚後の生活苦を悲観しての自殺であろうと見られているが、発見時、遺体のそばには彼女の2歳になる男の子が眠っていたという。
弛緩した遺体から垂れ流された汚物にまみれ、またその汚物の発する猛烈な臭気の中にいても、
男の子は泣きも叫びもしていなかったそうだ。
それどころか、と隣に住んでいた主婦はこう思い返す。
ここ数日、その家からは本当に楽しそうな男の子の笑い声が、夜遅くまで聞こえていたそうなのだ。
離婚後、暗く落ち込んだ様子の女性の家から久し振りに聞こえる楽しい笑い声。
隣の主婦は「何かいい事でもあったのだろうか」とほほえましくさえ思っていたという。
男の子が何を見て笑っていたのかは分からない。そして、あまり分かろうとしないほうがよいのかもしれない。
ただ、周囲の大人によりその忌まわしい出来事が封印された場合、あるいは男の子はそれを”楽しい思い出”として記憶するのだろうか。

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