[守ってくれた梵字]

もう十年以上前の話です。当時小学生だった私は鹿児島の山奥に住んでいました。
該当も一切無く畑と林しか無いような場所で、夜はほんとに真っ暗でした。
田舎ではよく見られる構造だと思うんですが、うちは庭にトイレがありました。
しかも、いわゆるぼっとん便所というやつです。小さい頃は親にトイレについて
きてもらってたんですが、小学校高学年になってからはさすがに一人で行くように親に
言われていました。

ある日、隣町で女の子が死んだという噂が流れてきました。
何でもぼっとん便所に落ちて窒息死したとか。しかし小さい子供ならまだしもその死んだ子は中学生くらいだったのです。大人たちの話を盗み聞きしたところによると、便所に滑り落ちたような感じではないような、体が変に折れ曲がった不自然な格好だったそうです。

その噂からニ、三日後、祖母から小さな紙切れをもらいました。古い藁半紙が
ごわついたような紙で、凡字?のようなものが一面にびっしりと書き連ねてありました。
祖母は気難しく普段もあまり多弁ではなかったのですが、上記の事件があってからしきりに
「最近、雰囲気が悪くなっとる」とか(実際はこてこての鹿児島弁ですが)ぶつぶつ言ってました。

祖母はしきりに姉や私に気をつけるように、と言い聞かせていたのですが、それから何事も無く一ヶ月
ほど経ちました。ある夜、私は夜中にトイレに行こうと起き出しました。廊下を歩いていると、トイレが
ある庭からひそひそと大人数が内緒話をしているような気配がしました。普通なら不審に思うんでしょうが、
この時私は「外に誰かいるんだったら怖くないや」と考え庭に出ました。しかし今まで話し声が聞こえていたのに
庭には誰もいません。「おかしいな」と思いつつトイレに入りました。

用を足して立ち上がろうとすると、また庭から沢山の声が聞こえてきます。「さっきは誰もいなかったのに」
とさすがに怖くなってきた私は、怖気づいてしまい外に出れずトイレの中にうずくまっていました。夏場でにおいの
篭ったトイレの中にずっと居て、だんだん息苦しくなってきた私は、ここから猛ダッシュで部屋に戻ろうと重い、
勇気を振り絞ってトイレの戸を開けました。

しかし走り出そうとしていた私の体は地面にへたり込んでいました。
庭には沢山の人が居ました。性格には人ではなく、青白い人影のような
ものです。とろとろとした煙のような、粘液のようなふわふわしたものたちが
一斉に私を振り向いたのです。性格にはその人影に目は無かったのですか、
そいつらの視線は感じました。人影たちはゆらゆらと私のほうに向かってきました。
そいつらは何事か叫びながら、どろどろの体を蛭の様に蠢かして近づいてきます。
夏だというのに空気は冷たく、雪山に居るように感じました。夥しい数の人影が動く
たびに空気自体が振動してそいつらの咆哮が響くのです。父も母も姉も
どうして起きてこないんだ・・・と私は絶望して目を瞑りました。腰が抜けてもう
逃げられない状態で、このまま死ぬんだろうか・・・とあきらめかけた瞬間、
瞼の向こうで青いものが光りました。びっくりして目を開けると、私の体に文字が
浮かび上がって、それが青く光っているのでした。人影は「しゃまん」がどうだとか
叫びながら溶けていたように思います。記憶が曖昧なのは私がいつの間にか気を失していたからです。

翌日の夕方、私は布団の上で目覚めました。トイレで倒れているところを
見つかってそれからずっと目を覚まさなかったそうです。父母も姉も心配して
ましたが、祖母だけ「ついたものをおとしている」といって落着いた様子だった
そうです。何でも祖母は昔神社で働いてたそうで、いわゆる見えちゃう体質だった
そうです。私や姉が生まれる前は小さな予言っぽいことをいくつもしてたそうで。
(予言といっても大したものじゃなく、あの家には男の子がうまれる〜とか、明日の天気とか)
しかし、祖母がそういう霊感体質だったというのは祖母が死んでからハッキリ知ったことなので、
上記の私の体験の詳しい原因とかは祖母に聞きそびれちゃいました。当時も何か怖くて自分から
そういうこと聞けなかったし・・・。


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