[人相]

  ここんとこ連続で夜勤のうえ、職場に新しく入るはずの新人があっさりと辞めてしまった分仕事増えた。
 帰宅して、夕方の出勤まで少しでも寝よう……と床に就く。労働の疲れが心地よい眠りをもたらす……。

「年金問題……小泉首相が……!」

 突如大音量で年金にまつわる諸問題の演説が始まった。布団のなかにもぐりこみ耳を塞ぐも演説が頭に鳴り響く。
 それはいつ果てる事もなく続き、遂に限界を迎えた俺は家を飛び出した。
 音源は目と鼻の先、そこには、屋根にスピーカーが乗った普通のハッチバックの車で演説してる男がいた。
『うるせぇぞコラァ!』と、演説に負けない音量で怒鳴りつけるのは張り紙禁止の張り紙のごとく本末転倒で近所迷惑なので、普通の音量でも相手の心に通じるであろう至近距離まで接近し、
伝えたいことはわかるが場所と音量を考えてくれないかと嘆願、やんわりと退去を促そうとした。
(場所は普通の住宅地のど真ん中、国道や商店街などとはかけ離れている)
 だが、その目論見は外れた。道路に躍り出た俺を見たその演説者は絶句。静寂が広がる。
 大声を上げる必要はなくなったが、それでも近くで話し合うべきだろうから接近すると、傍でのぼりを掲げていた人が間に割り込み、な、なんでしょうと聞いてきた。
 この年金需給年齢と思われる男ふたりはなぜか恐れおののいていて、あっさりと『住民の方の抗議があったので途中ですが中止いたします』と言って去っていった。
 難癖つけて演説をやめようとしなかったら襟首掴み上げて『こちとらきちんと働いてその年金収めてんだよ。そしてこれから寝て、また仕事なんだ』ぐらい言って、
更にそいつが、いい若いもんが昼間から寝るな、眠れないのはまともに仕事してないから、甘えんじゃないとかなんとか説教たれて開き直ったら物置からバールのようなものを取り出して音源を破壊する実力行使にでようなどと考えていただけに拍子抜けであった。
 まったく、往来を塞ぎ騒音を撒き散らすという方法でしか自分を表現できないのでは珍走団と一緒だなと思いながら家に戻り、ふと玄関にかけられた鏡を見ると……。

 この顔に

ピンときたなら
 110番
 それにつけても
 金の欲しさよ

 ってな感じの、泣く子も黙るどころかPTSDになってしまいそうな悪鬼のごとき形相をしていて額に浮き出た青筋が今にも破裂して熱き血潮が噴水のように噴出しそうなクールガイがいた。
 こりゃ怖い。恐れおののいてよし。
 俺が人殺すとしたら、騒音に関するトラブルが原因だろう。ピアノ殺人事件の犯人の気持ちがよくわかる。
 俺の剣幕に恐れをなした睡魔は先ほどの演説者とともに逃亡。戻ってきたのはこれから夜勤というときであった。
 爺さんたちも恐かっただろうが、職場で居眠りしてしまった俺は洒落にならない恐い事態に陥るのだった。


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