[不可解な自殺]

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彼女が線路を背にして立っていたのは,やはり背後に不安があったからだろう。
ただある目撃者の証言によれば、背中から倒れるというより,襟首を掴まれてひっぱられ
たようにも見えたと言う。

 結局彼は会社を辞め,地元に帰った。しばらくは神経科に通院しながら,養生していたら
しい。その後噂を聞かなくなったが,彼から突然連絡があった。
 ある山寺で,宿坊の雑用をしながら暮らしているという。宗教に帰依することも考えてい
るらしい。俺は休みを利用して、彼のもとを訪ねた。
 季節は夏だったが、山間の風も涼しく、心地よい静寂があった。由緒ある古い寺には凛
とした雰囲気があり、ここでなら彼も安静に暮らしていけるかなと思った。
 夜が更け、あまり話すこともなくなり、二人黙って虫の音に聞き入っていた。
「今聞こえなかったか?」彼は唐突にそう言った。
「ええっ?」
「そんな感じだよ」
彼は悲しげに微笑むと、ひっそり部屋を出て行った。

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